金物とフレームが作り出す、ものいう木造空間力。ロケット工法の家。

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愛妻の家

『ロケット』の家-誕生前史 最初の仕事は「愛妻の家」

天竜の町に戻り、1962(昭和37)年、製材業を主体とする会社、続いて住宅販売へと乗り出しました。最初に建てた家は「愛妻の家」と名づけました。この家は、10 ㎝角の材料だけで構造部分が全部揃うシステム。これは、鉄骨製の事務所建設現場の開発がきっかけとなったもので、当時のメモをみると、「工期がきびしい」「間柱作業等の大工仕事がしわ寄せを受ける」「合理化して簡単に施工できないか?」「木造で、
この仕組みはできないか?」「同じ材料だけで構造体ができないか?」と書かれています。「これは一種のシステム思考ではないですか!今でこそシステム思考がいわれていますが、この時代にあって!!」とは、ある取材を受けた際にインタビュアーが発した言葉ですが、その頃は、そのような明確な意識はありませんでした。実践していたことは、まさにこの志向のものだったのですね。

第一回アメリカ住宅視察団のツアー

第一回アメリカ住宅視察団のツアー

1960(昭和35)年から1972(昭和47)年の急激な住宅生産主要の増加は、これまでの軸組工法自体の変容を余儀なくされます。またプレハブ住宅とツーバイファー工法への関心が高まりました。行政の後押しにハウスメーカーも次々に参入、この新しい動きに感じるものがあり、強い興味に動かされて、アメリカへの住宅視察団の第一回のツアーに応募し、渡米の機会を得ました。

 

私はこの視察の中で、合理的・省力的な手法に目を開かれました。さらに、軸組木造工法と比較して15%ものローコスト化がはかれるという説明に、つよく心を動かされました。そして日本でツーバイフォー工法がオープン化されると、住宅金融公庫仕様による国内初の取り組みを進めました。これは、建設省(現国土交通省)建築研究所で行われた実代実験の結果を踏まえての判断でした。

 

しかし、やがて、私は除々にこの工法に対しての疑問が膨らみ始めたのです。この工法では、日本人が求める開放的な空間を実現するには難しい、和室を設けるとコストが嵩む、本州以南の住宅をみると大きい窓を取りにくいこの工法は多雨湿潤な日本の気候に合わないのではないか、素材が輸入材中心・・・・「日本の木を用いた軸組工法を基本に置きながら、壁工法が持つ強さを実現できないものか」。この思いを基盤に本格的な取り組みをスタートさせたのです。

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軸組工法は、軸で支える構造なので、壁の配置に制約が少なく、大きな開口部をつくれます。通風や採光に優れ、また増改築が容易で、使用する木材によって予算柔軟に調整できます。この良さを知るものの、この工法は構造力学的に見ると曖昧さを残しています。阪神・淡路大震災を経て、筋交い強度に頼る方法に、その脆さを痛感しました。

 

と同時に、ツーバイフォー工法を経験することにより、耐力壁の重要性を知り、また接合金物に対する意識が生まれた私は、“軸組と壁工法の高次な統一は、果たして可能なのか?!”という大きな目標を持つことができました。当初は、これは、理想が過ぎるとみられていたもので、特に「ムク材」に適した金物開発は不適のこととされ、誰も手をつけようとしなかったことでした。しかし私は、この理想に向かって無心に取り組みを続けました。

 

こうして、1987(昭和62)年、ついにひとつの「金物」が誕生しました。モノをつくっていると、時折、みたことのある形態が顔をみせることがあります。「このカタチ、どこかで見たことがあるそ。そうだ、月に向かって飛ぶロケットだ!」──こうして「ロケット金物」とネーミングされたのでした。

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